フロー状態を妨げない、仕事道具としてのキーボード・マウス選びの歴史

いい道具は「意識に上がらない」ものです。キーボードでいうと、思考中にその存在を意識した瞬間に思考は止まっています。

ぼくが入力デバイスを乗り換え続けてきたのは、より良い打鍵感を求めていたからではありません。道具が意識に上がらない状態、つまり思考に集中できる状態になる1台を探し求めています。

10年近くの歴史を振り返ってみます。

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道具が「意識に上がる」とはどういうことか

仕事に没頭しているとき、ぼくたちはキーボードを意識していません。思考が文字になる過程で、指はただ動いているだけ。このフロー状態が生産性の頂点です。

一方で、道具が意識に上がった瞬間は、集中の終わりを意味します。「なんかキーが引っかかるな」「このキーを押すにはまずはキーの位置を確認してそこに指を動かして……」。その瞬間から、脳の処理の一部は道具に奪われ始めます。

問題は、この意識に上がるという現象が、購入直後には気づきにくいことです。新しい道具への興奮が、違和感をマスクしてしまうからです。ぼくの経験則では、本当のことがわかるのは2週間後くらいでしょうか。

新しい道具を手にしたときの興奮は、だいたい1週間で落ち着きます。そこから2週目に入ると、道具との関係が「習慣」に変わり始めます。このとき初めて、その道具が意識に上がるかどうかがわかります。

ただ、2週間は通過点にすぎません。本当の評価は3ヶ月、6ヶ月、1年後にも続きます。道具との関係は生き物で、自分の作業習慣やOSのアップデートで、ある日突然「気になる」に変わることがあります。

キーボードとマウス、10年の変遷

ぼくの入力デバイスの歴史は、大きく6つの時代に分かれます。

それぞれの転換点に「意識に上がった」体験があり、「気にならなくなった」瞬間がありました。

第1章 — 既製品キーボード + マウスの時代

ChromeBoxに接続したThinkPadトラックポイントキーボード

会社支給であるThinkpadのパンタグラフキーボードと、普通のマウス。この組み合わせで何年を過ごしました。問題を認識していなかったので、道具は意識に上がりませんでした。正確には、「上がっていることに気づいていなかった」のかもしれません。

マウス操作中の微細なズレが気になり始めたのは、この時代の終わり頃です。クリックするとき、指先に力が入ります。その力みでポインタが少しずれます。修正のために、また力を入れます。このループが常に走っていました。

第2章 — トラックボールとの出会い

ELECOM bitra 小型 トラックボール 人指し指 レビュー 大きさ 比較

PCを初めて触ってからずっとマウスを使ってきた理由は、「それ以外を知らなかった」からです。

マウスからトラックボールに乗り換えた日、クリック時のズレが消えました。ボールを指先で動かすだけで、クリックは別の指で、力みなしに押せます。腕を動かさなくていいので、肩こりの原因だった腕の疲れも軽減されました。

Logicool ERGO M575が、ぼくにとってトラックボールの「意識から消える」状態を教えてくれた道具です。最初の1週間はむしろ意識に上がります。しかし2週間後、指の動きがボールの動きと同期し始めたとき、マウス操作という概念ごと意識から消えました。

第3章 — HHKBと「視覚ノイズ」「キーマップ」「高さ」の発見

HHKB Professional HYBRID Type-S 英字配列 無刻印と、HHKB Professional 2英字配列 墨を並べたところ

トラックボールに移行したころ、キーボードへも意識が向き始めました。「高級キーボードで何が変わるのか」という疑念を長く持ち続けてきましたが、HHKB Professional 2を衝動買いした日から、その疑念は消えました。

HHKBで初めて気づいたのは、キーキャップの刻印が「視覚ノイズ」だったことです。ブラインドタッチで打つ以上、キーの文字は見ていません。見ていないのに視界には入っています。ぼくはその余計な情報を無意識に処理していました。なぜ無刻印キーキャップにこだわるのかという記事に、この発見の詳細を書いています。

刻印は、見ていなくても思考の邪魔をします。無刻印に換えた瞬間、デスクの視覚的な「ざわつき」が消えました。HHKB Professional HYBRID Type-S(英語配列・無刻印)はこの考えを突き詰めた選択です。

HHKBおすすめキーマップ設定 全体像

くわえて、ホームポジションから手を動かさなくてもすべてのキーを操作できると指先の移動に割く思考リソースを最小限にできるという経験をしたのもHHKB Professional HYBRID Type-Sに触れたことで訪れた転機でした。キーマップ変更への入口に立ち、その魅力に惚れ込んだのです。

キーマップ編集できるキーボードしか選ばなくなったのは、この頃からです。

Enich agent 天然木製パームレスト Sサイズ 30cm メカニカルキーボードとの組み合わせた様子

キーキャップと同様に意識し始めたのが、物理的な高さです。

キーボードの置き方によって手首の角度が変わり、それが打鍵時の「引っかかり」につながります。kalibriの薄型パームレストを試したのは、異なるキーボード間で手首の角度を統一するためでした。Enich agentの木製パームレストも同じ文脈から試しています。

配置は道具そのものと同じくらい意識に影響する、と理解したのでした。

デュアルキーボード環境

くわえて、この時期に2台のキーボードを左右に分けて置くデュアルキーボードを実験しました。

両肩を必要以上に狭めずに打てる、という期待からです。Fnキー問題という壁に当たりましたが、この実験が「分割配列」という方向への橋渡しになりました。

第4章 — 自作キーボードと物理カスタムとの出会い

ErgoDash 実際に使っている様子

デュアルキーボードで「分割して使う」感覚を知ってしまってから、左右分割キーボードに進むまで、時間はかかりませんでした。

しかしハードルは低くなく、初めての自作キーボードErgoDashを試した初日の感想は「使いにくすぎて投げ捨てたい」でした。ミスタイプが連発し、生産性は明らかに落ちました。

しかし3日後、手が慣れ始めた瞬間に気づきました。肩の力が抜けています。腕を内側に寄せる必要がなく、自然なポジションのまま打てています。カラムスタッガードに3日で慣れた方法には、その練習プロセスを書きました。人体の適応速度は、思ったより速いと知った瞬間です。

ErgoDashを使っていて利用頻度が少ないキーたち

しかしそれだけでは気が済まなかったのです。自分の物理キーの使用頻度を観察した結果、いらないキーが見えてきました。

「同じ機能性や使い勝手なら軽く小さいほうが正義」というこだわりが、さらなる小型化への道を突き進ませたのです。

Corne Cherry crkbdレビュー 全体像

そうして行き着いたのが36キーです。Corne Cherryで初めて自作キーボードを組みました。

Corne Cherryレビューに「買って正解」と書いたのは、打鍵感の話ではありません。仕事中に、物理的な無駄を含めてキーボードを意識しなくなったという体験の話です。

MiniAxe レビュー 完成

36キーで物理スペースを極限まで削るとどうなるのか。その世界を知るためにminiaxeにチャレンジしたのもこの頃です。

MiniAxe レビュー 薄型化 タクトスイッチ用に穴を拡張する

一方で、上から見た面積はミニマルでしたが、横から見た高さは1mm削れる余地がありました。ミニマルを極めるなら高さも極限を目指したい。

そう考えて物理カスタムに手を出したのも、miniaxeがきっかけです。

Corne Cherry crkbdレビュー 仕事デスクで使い込んでみた

ここまでくると、もはや自作キーボードしか使いたくなくなってしまいます。しかし自作キーボードはDIYアイテム。買って交換できる既製品とは違います。

そこで、改めて問いを立てました。「自作キーボードは、仕事を止めない道具として、本当に信頼できるのか」。自作キーボードを仕事道具として長期的に考える記事では、信頼性・耐久性・保守性の観点から整理しています。

結果はGoでした。

第5章 — Keyball、入力デバイスの統合

Keyball 44 レビュー 完成版 全体像

自作キーボードを使い続ける中で、ある課題が残っていました。キーボードとトラックボールの「行き来」です。入力中に手をトラックボールに移し、また戻します。この動作がわずかでも、意識の連続性を切っていました。

Keyball 44がその課題を解消しました。トラックボールがキーボードに内蔵されているため、手の移動が消えました。「逸品。世界に通用すると思う。」というレビュータイトルをつけたのは、大げさではありません。

キーボードとポインティングデバイスが一体化した瞬間の体験は、それまでの乗り換えとは質が違いました。

XVXプロファイル ほぼ無刻印 JADEキーキャップ 装着例

Keyball 39で、さらにコンパクトになりました。

第6章 — 無線化という魅力的な罠

次の課題は、ケーブルでした。

ケーブルのないデスクは美しいものです。また、出し入れや付け外しや持ち歩きの手間、ケーブル自体の紛失やコネクタの破損など、物理ゆえ発生する運用が面倒になってきたのです。

cool642tb ロープロファイル 全体像

この憧れと課題感から無線化に踏み込みました。cool642tbとそのロープロ化野良のroBaLiNEA40と、物理ミニマル×無線接続トラボ左右分割の世界です。

野良ビルドしたroBa

しかしあらためてぶち当たった課題が、無線化は「ケーブルへの意識」を「接続への意識」に置き換えるだけの場合があるというものです。

「あれ、今日なんか遅延してる気がする」「スリープから復帰したら接続が切れてた」。有線なら存在しない問題が、次々と発生しました。ZMKキーボードのBluetoothがラグった原因の特定、TP-Link UB500でラグが改善した話Web会議中のトラボラグへの対処。果てはファームウェア(ZMK)のカスタマイズを飛び越えて自作input-processorの実装にまで手を出し始めています。これらはすべて、無線化しなければ発生しなかった対応です。

ここまでやるか?と思われるかもしれません。その感覚は正しく、「その無線化、本当に必要?」という記事で正直に書いています。個人レベルでは、無線化の投資対効果は出ていない、と。有線と無線どっちがいいかという問いへの、現時点での答えもそこにあります。

とはいえ、無線化の課題を乗り越えた先の世界を見てみたい、という好奇心がぼくを後押ししています。

「気にならない」の追求に終わりはない

道具への評価は、時間とともに変わります。購入時に「これだ」と思った道具が、6ヶ月後には「なんか気になる部分が出てきた」に変わることがあります。逆に、最初は不満だった道具が、1年後に「手放せない」に変わることもあります。

ぼくは今も、使っている道具の「気にならない度」を意識的に観察しています。月に一度、「今週、道具が意識に上がった瞬間はあったか」を振り返ります。あったとすれば、それはどの道具で、どんな状況か。

「気にならない」という状態は、維持するものであって、一度到達したら終わりではありません。OSのアップデート、環境の変化、作業スタイルの変化。これらすべてが、道具との相性を変えます。

この記事自体も、定期的に更新されていくのだと思います。

まとめ

「気にならない」道具を選ぶための、ぼくなりの原則をまとめます。

  • 2週間使い込んでから評価する。 購入直後の興奮は評価ではなく期待値です
  • 視覚ノイズも「意識に上がる」原因になる。 刻印、ケーブル、充電表示。目に入るだけでノイズになりうるものを疑う
  • 物理配置を先に疑う。 道具を変える前に、高さと角度を疑う
  • 無線化は「目的」ではなく「手段」。 有線で十分な場面に無線を持ち込むと、新しい意識コストが生まれます
  • 評価は定期的に更新する。 6ヶ月前に「正解」だった判断が、今も正解とは限りません

道具選びに正解はありません。今後も、「思考を邪魔しない、意識に上がらない状態」という判断軸で、追求を続けたいと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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