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気楽に生きたい外資コンサルのブログ

クラウドファンディングとは、ネット乞食をも受け入れる金融プラットフォームである

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こんにちは、NAEです。

宮森はやと(id:dandy611)さんの主催したハイパーリバ邸プロジェクトを火種に、クラウドファンディングの位置づけや使い方について議論がありました。

それを一通り追った中で思ったのが、設計次第でクラウドファンディングプロジェクトの性質は全く異なるということ。

そして、もしそうであるならばクラウドファンディングというものの捉え方を変えたほうが健全かもということ。

今回はそんなお話。

クラウドファンディングへの批判 - これまでの議論の流れ

前置きとして、これまでの議論の流れを簡単にまとめてみます。

(まとめてみたらちょっと長かったので、背景をご存知の方は飛ばしてしまってください)

ハイパーリバ邸プロジェクト

まずはこちら。宮森はやとさんがまとめ役で立ち上がったクラウドファンディングプロジェクト、「ハイパーリバ邸」です。

  • 既存の居場所に居づらいと感じている人たちに第三の居場所を提供したい
  • 個々人が独自のアウトプットを目指すための公共の場所としてシェアハウスを使いたい
  • シェアハウスへの入居と初期セットアップにあたって必要な頭金130万円を集めたい
  • リターンとして入居予定者の特技を用いたサービスを提供する

ということです。

camp-fire.jp

すでに資金募集期間は終了しており、結果目標金額を大幅に超えるお金が無事集まったようです。ひとまずおめでとうございます。

どうやらすでに生活を始められているようで、住人の一人であるパラベルさん(id:parabell)からは生活感あふれるツイートが飛び出したりしています。

ハイパーリバ邸プロジェクトを巡りネットでは賛否両論

さて、当プロジェクトは開始当初から賛否が割れました。

詳細な言及は避けますが、ぼくの把握している範囲(Twitterのフォロー範囲、はてブコメントなど)では

  • 賛成・応援派:もともと宮森さんと交流のある人々
  • 批判・懐疑派:それ以外

というのが大勢だったように思います。

それぞれの言い分を極端にまとめると以下。

  • 賛成・応援派:おもしろそう!応援するよ!遊びに行かせてね!
  • 批判・懐疑派:なにこれ?なんで?目的不明でわけわからん

さて、ぼくはというと、最初は賛成・応援派でした。純粋に試みとしておもしろそう!と思ったためです。

出資しようかな?むしろ入居したらおもしろくね?と考えてみたり。一度、夢に宮森はやとさんが出てきたことすらありました。(これは本当にビビった)

しかし、その後の宮森はやとさんの発言や記事を見ている中で「組織の長」としての資質に危うさを感じ始めたことから、少しずつ批判・懐疑派寄りの見方をするようになりました。

そして至ったのが、「うーん、よく考えてみると、これクラウドファンディングでやるべきこと?」という思いでした。

クラウドファンディングの位置づけの議論への発展

そんな中、戦略コンサルタントのShinさん(id:Speedque01)が公開したのがこちらの記事。

www.outward-matrix.com

趣旨をまとめてみると、

  • クラウドファンディングは「目的や志を果たすべく不特定多数の人から資金を集める行為」である
  • その仕組みは資金力に乏しい起業家のサポートにこそ適しているし、それが本来の姿
  • 「ネットで適当に金を集められる行為」と捉え、軽々しく利用するのはやめて欲しい

ということ。

はてブ数の多さが反響の大きさを物語っていますね。多くのコメントは上記記事への賛同コメントのように見えました。


一方、この考え方への批判もあります。

みなさんご存知、イケダハヤトさんによる批判記事がこちら。

www.ikedahayato.com

かいつまむと

  • 自分の正しさに固執した「俺ルール」を押し付けるな
  • あらゆるものは変わっていく運命にあり止めることは不可能
  • 止めようとするのは自分の力の過信に過ぎない

という主張です。


そして、はてブコメントでは言い切れない!という思い一本でブログを開設されたsupermomongaさん(id:supermomonga)の記事。

gekidaru.hatenablog.com

ポイントとしては

  • クラウドファンディングの定義は曖昧、使い道は実に多様化している
  • そもそも魅力の無いプロジェクトは自然淘汰されていくはず
  • 出資者を納得させられるリターンを提供できるかこそ重要

ということと思います。


これらの意見をぱっと見ると、

クラウドファンディングのおおもとの目的と思想 vs 仕組みを拡大解釈した新しい使い方

という新旧解釈の二項対立とみなしてしまうこともできます。

クラウドファンディングはプロジェクトの設計によって性質が変わる

しかし、ここで注目したいのが、志、目的、リターン、そして変化というキーワード。

クラウドファンディングとは、志や目的の設定、リターンの設計、それらの関連性の濃淡をどうするかによって、その姿がすっかり変化する性質を持つものだと思うのです。

例を挙げてみます。

従来型のクラウドファンディング

まずは従来型。クラウドファンディングといえばこうだろう!といったものたち。

こちらのページにおける、購入型と寄付型のもの。

横浜市 経済局 クラウドファンディングの類型

「起業家の資金集め」パターン

Shinさんの言う本来のクラウドファンディングの形です。

この場合、志、目的、リターンの間に密な関連性があることが多いように思います。

たとえば、何かのプロダクトを作りたい、というプロジェクトの場合、

  • 志=不便をなくしたい
  • 目的=プロダクトを開発したい
  • リターン=プロダクトの提供

になりますし、何らかのサービスを立ち上げるプロジェクトの場合、

  • 志=課題を解決したい
  • 目的=サービスを立ち上げたい
  • リターン=サービスの早期利用

という感じでしょう。

いわゆる購入型のクラウドファンディングにあたるものです。

この場合、志や目的はいわゆるマーケティングコンテンツという位置づけ。

出資者はそれらを見たうえでリターンに期待して出資することになります。

KickstarterIndiegogoなど、古くからのクラウドファンディングサイトにはこれが多いという印象。

「○○ちゃんを救う会」パターン

次に、個人や地域を助けることにフォーカスしたクラウドファンディング。

この場合、志、目的の連関は明らかであるものの、リターンは必ずしも直接関係しないことが多いように思います。

たとえば、

  • 志=○○ちゃんの命を未来に繋ぎたい
  • 目的=医療上の措置を施してあげたい
  • リターン=メッセージや感謝状

ですとか、社会や地域をよりよくするソーシャルグッド系のものですと、

  • 志=地域課題を解決したい
  • 目的=そのためのサービスを立ち上げたい
  • リターン=心ばかりのご当地名産や感謝状

ですとか。

このパターンにおけるリターンは「心あたたまるもの」が多い。いわゆる寄付型のクラウドファンディングにあたるものと思います。

GoFundMeなどはこのタイプのプロジェクトが多いのではないでしょうか。

ニュータイプのクラウドファンディング

次に、上記とは異なるタイプのものたちを挙げてみます。

クラウドファンディング=お金を集めるためのプラットフォームという捉え方をし、仕組みとして利用するというスタンスのものです。

(そういう意味では、Shinさんの言うとおり、本来のクラウドファンディングとは異なります)

「仕事探し」パターン

まず、クラウドファンディングを仕事の依頼者を募集するための仕組みとして活用するタイプ。

仕事の依頼先を幅広く探すプラットフォームであるクラウドソーシングの対局に位置する使い方です。

この場合、志や目的よりリターン重視。出資額に見合うリターンを提供するからお金ちょうだい!という方向に全振りします。

リターン設計にすべてを捧げるため、志や目的とリターンの相関が薄くなりがちな一方、リターン内容によっては出資が集まりやすい(仕事の依頼がきやすい)という特徴があります。

例を挙げるなら、

  • 志:Webデザイナーにおれはなる!
  • 目的:Adobe CCを買いたい
  • リターン:安価でWebサイトのデザインしてあげる

といった感じでしょうか。

極端な例ですと

  • 志:ニートだらけの日本を変えたい
  • 目的:働くことの素晴らしさを伝えたい
  • リターン:日給50円、じゃなくて5,000円で何でもやるよ

というものもあるかもしれません。

内容の貴賎は別として、志、目的、リターンという最低限のワンセットは揃っているため、クラウドファンディングサービスによってはプロジェクトとして承認される場合もあるように思います。

「ネット乞食」パターン

次に、いわゆる「ネット乞食」をクラウドファンディングの仕組みでやってしまおうというパターン。

志はものすごく立派である一方、目的とのギャップが激しくパッと見「?」となる、多くの場合リターンがしょぼい、等といった特徴があります。

例えば、

  • 志=日本を支える若者は世界を見るべきだ
  • 目的=私は若者、世界を見るためハワイに行きたい
  • リターン=ご当地の写真を送るよ

ですとか、

  • 志=漢たるもの度胸が必要であり訓練すべき
  • 目的=そのためぼくはバンジージャンプに挑まなければ
  • リターン=バンジージャンプの動画を送るよ

というやつ。

Shinさんの言う「PC買いたいから金よこせ」なプロジェクトはまさにこれです。

こういったものは、サービス側から承認されたとしても

  • 着飾った志に流される人、もしくは知人からしか支援されない
  • 部外者からは冷ややかに見られる

という形に落ち着くように思います。

「投げ銭」パターン

最後に、企画自体がおもしろいもの。

志(コンセプト)の内容や勢いでガッと心を掴み、リターンで出資者の背中を押す、という座組で出資者の投げ銭を一本釣りするタイプです。

最近増えてきたカジュアルなクラウドファンディングプロジェクトはこれに該当します。

たとえば宮森はやとさんがハイパーリバ邸の前に実施していたこちらは典型例ですね。

camp-fire.jp

ハイパーリバ邸プロジェクトが批判された理由

といった類型があることを知ったうえで、なぜハイパーリバ邸プロジェクトがこんなにも批判されたのかについて。

宮森はやとさん個人の言動については触れず、プロジェクトの特性そのものの観点のみから考えてみたいと思います。

camp-fire.jp

「ニュータイプ」をやりすぎた

ハイパーリバ邸のクラウドファンディングプロジェクトが批判されてしまったのは、おそらくニュータイプすぎたのだと思います。

だって、結果的に「仕事探し」「ネット乞食」「投げ銭」パターンすべてに該当してしまっているので。

志、目的、リターンの3点で整理してみると、

  • 志:第三の居場所、個々人が独自のアウトプットをできる公共の場所としてシェアハウスを提供したい
  • 目的:シェアハウスへの入居に必要な頭金130万円を集めたい
  • リターン:入居予定者の特技を用いたサービス(ブログコンサル、ダイエット相談、料理提供、宣伝記事等)+α

となると思うのですが、

  • リターンが仕事に対価を払うという性質が強く、かつ志や目的との関連が薄い⇒「仕事探し」パターンに該当
  • 志と目的のギャップが激しく、ぱっと見「なぜ?」となってしまう⇒「ネット乞食」パターンに該当
  • 志はおもしろいが、あまりにも勢いで押し切ろうとしすぎている⇒「投げ銭」パターンに該当

という座組みになっているのです。

ニュータイプすぎますね。これだけでも人によっては「へ?」となってしまいます。

なのに従来型クラウドファンディングの顔をした

一方、当プロジェクトはCampfireサイト上は「ソーシャルグッド」というカテゴリに入っています

実際、志(コンセプト)自体も「社会や地域問題の解決」という顔をしています。

そのため、このプロジェクトは従来型のひとつ、「○○ちゃんを救う会」パターンだ!と受け取られる。

にも関わらず、内容はニュータイプのオンパレード。

これでは「え?は?」となってしまってもしょうがないですよね。

期待していたものと全く異なるものが現れたんですから、訝しげに見られないわけがありません。

また、「○○ちゃんを救う会」パターンで一番重要なのは、志と目的の関係性が明確に伝わること、そしてその内容が心を打つものであることです。

にも関わらず、志は社会貢献なのに目的が住人の入居費用捻出という大きなギャップ、そして心を打つべきところに「投げ銭」要素が入ったことによる違和感。

そして深く見ていけば見ていくほど突っ込みどころや違和感が・・・となってしまったんだと思います。


プロジェクト自体がこのような建てつけなのに、最終的にはお金が集まった。

その理由は、

  • 知人や関係者からのお祝儀出資

もさることながら、

  • 「仕事探し」に全振りのリターン設計
  • それを実現するための住人たちの全面協力

があってこそだと思います。

なので、知人への募金依頼とバイトでお金集めました、というのが実態に近いのかな、と勝手ながら感じています。

それをクラウドファンディングという仕組みの上でやっただけ。大々的にやることでのマーケティング効果も狙っていたのかもしれません。

宮森はやとさんは「ぼくがクラウドファンディングで190万集めた」という趣旨の記事を書かれた際、違和感だらけだというコメントが集まったのはこれが原因かも。

クラウドファンディングは金融プラットフォームでしかない

さて、プロジェクトの作りによって全く性質の異なるクラウドファンディング。

もしかしたら、この論争のそもそもの原因は「クラウドファンディング」というものの位置づけ(レベル感)に対する認識齟齬なのではないでしょうか。

Shinさんの言っているクラウドファンディングは、金融の仕組みとしてのクラウドファンディングプラットフォームとその上で動くプロジェクト、双方を指している。

一方、ハイパーリバ邸に代表されるニュータイプは、クラウドファンディングという仕組みとその上のプロジェクトの性質は別物であると捉えている。


プラットフォームはOS、プロジェクトはアプリと捉えてみると、各々は別物、切り離して考えるほうが健全と言えるかもしれません。

そういう認識が一般的になるまでの当面の間、ニュータイプのクラウドファンディングプロジェクトは「仕事探し」や「ネット乞食」と揶揄されてもしょうがないと思いますし、旧来型のクラウドファンディングへの見方が多少「汚れる」のも致し方無いような気もします。

ただ、supermomongaさんの言っている通り、プロジェクトの性質に関わらず本質的に価値や魅力の無いものは淘汰されていくことは確か。

とういう意味では、出資者がきちんととその価値を見極めたうえで出資判断をすることが一番求められているのかもしれません。


ものごとは変化するものだ、というイケダハヤトさんの意見はごもっとも。とはいえ変わらない部分があるのも事実。

だとしたら、当面はニュータイプと旧来型で呼び名を変えるのがいいのかもしれませんね。「ソーシャルファイナンス」という呼び方もあるようなので、それでどうでしょ?(適当)

まとめ:クラウドファンディングはただの金融プラットフォーム

というわけで、クラウドファンディングの捉え方が変わってくる流れにおける一時の軋轢を感じたよというお話でした。

「お金を求める人のところにお金を集めるための仕組み」という意味では、クラウドファンディングは汎用的な金融の仕組みとして扱ってもいいのかもしれません。


とはいえ、プラットフォームの提供者はその上で動くプロジェクトについて一定の品質責任を問われるもの。ソフトがクソなOSは淘汰されてしまいますからね・・・。

その点で、「ネット乞食」パターンのようなプロジェクトばかりホスティングしているクラウドファンディングプラットフォームは「大丈夫かよここ」的に思われてしまってもしょうがないと思います。

プラットフォームの質は利用者によって決まる。


金融に関しては、こんな記事も書いています。

www.naenote.net

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